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牟礼駅の名前の由来は「牟礼村にあったから」ではない? 駅と地名の歴史、江戸と明治の町村制

飯綱町以前の牟礼村にあった「牟礼駅」ではありますが飯綱町が発足したのはいわゆる平成の大合併の時期、2005(平成17)年でした。それより以前のこの地区は長らく三水村と牟礼村でした。現在飯綱町にある牟礼駅(かつてJR、現しなの鉄道)は飯綱町以...
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「牟礼駅の元々の予定地は現在の位置とは異なっていた」伝承? それに物申す?

飯綱町の古老は語ったいきなり大袈裟かもしれません。でも聞いてください、私は地元の古老1からこんな話を聞いたことがあります。何かのお祭りのときの集まりとか、そういう場だった記憶があります。「昔の牟礼(旧牟礼村)は〜」みたいな話になって牟礼(現...
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数字で見る「牟礼駅のあたりって実は結構な鉄道の難所なのではないか?」という話。他の難所や車道の坂などとも比較してみる。

以前の記事で以前の記事で、牟礼駅(しなの鉄道北しなの線、長野県上水内郡)あたりの鉄道の経路には特徴があることを書きました。例えば小玉坂のあたりでは国道(国道18号)とは違ってあえて鳥居川の渓谷に入っていく、そもそも豊野駅の方から、鳥居川沿い...
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歴代の地図で見る、飯綱町を通る主要道路の変遷:北国街道から国道18号へ:道の歴史は地域の歴史でもある

以前の「長野県信濃町の落影地区」の記事で調べたように、長野県飯綱町を通る主要道路である北国街道と国道18号は歴史的にはその道筋がだいぶ変化しているようです。この記事では古い地図などを使ってそれを検証し、現在の様子などと比較してみたいと思います。
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信濃町落影地区の通りが国道18号から不自然に離れている件:それには歴史的な理由があった

落影地区とは国道18号を長野県飯綱町から信濃町へ向かい、飯綱東高原入口という交差点を過ぎてさらに3kmほど北へ進むと、国道の右側に家が沢山並んでいるのが見えてきます。そこが落影(おちかげ)の地区です。「七曲バス停の謎」の記事で書いたように、...
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飯綱町古町地区 七曲(ななまがり)バス停の謎:「七回曲がって」いるようには見えないが、それには理由があった

飯綱町と信濃町を国道18号経由で結ぶ長電(長野電鉄)バスの路線があり、七曲バス停はその途中です。しかし何故「七曲」というのか分かりません。ちなみにお隣の長野市と戸隠(今は戸隠も長野市ですが)を結ぶ道にも割と知られた「七曲り」という場所がありますが、そことは違いますので誤解のないようにお願いします。