和算の算額とは
「和算(わさん)」というのは江戸時代の日本で独自に発展した数学のことです。「関孝和」という和算家の名前を社会科の授業で習った気がします。では「算額」とは:ウィキペディアの「算額」の冒頭をそのまま引用しますと
算額は和算において問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉学に励むことを祈念して奉納されたと言われる。やがて人の集まる神社仏閣を問題の発表の場として、難問や問題だけを書いて解答を付けずに奉納するものも現れ、それを見て解答や想定される問題を再び算額にして奉納することも行われた。
というものです。要は数学の問題とその解答が額として飾ってある(奉納されている)感じですね。
牟礼神社にも算額があったとは知りませんでした
算額というものの存在を聞いたことはありましたが、どこか知らない神社にでもあるのだろうとてっきり。まさか牟礼神社にもあるとは。何かをググっていたとき、偶然にその情報にたどり着きました。
飯綱町のあたりにも、数学の専門家、ないし愛好家がいらしたという感じでしょうか。いったいどんな職業の方々だったのかとか、興味があります(これは後日調べてみたいと思います)。
しかし、牟礼神社といえば、かつては境内で地元の子供らが野球をして遊んだりしたものでした(今は?)。とはいえ神社ですから、石畳や、幹が巨大な欅の木等、ボールをイレギュラーバウンドさせる要素満載の「野球グラウンド」でした。境内で野球とは罰当たりな? まあそれは… しかしその背後に、歴史のある数学の額がひっそりと掲げられていたのですね。何だか不思議なものです。
その算額はどんなものか
「和算の館」というサイトがあり、オンラインで算額の写真が見られます。すごいですね。それをこのページのトップの画像に引用させてもらいました。牟礼神社のものは保存状態が良好で貴重なようです。図の色も割と残っていますね。画像だと文字が少し読みづらいですが、現物を見たら普通に問題の文章も読めそうです。
ただ、どうも漢字ばかりで、おそらく和算の問題は漢文で書いてあるのかと… 当時の知識人とはそういうものだったのでしょうか。
この算額の日付は明治31(1898)10月とあり、ウィキペディアに書いてある江戸でなく明治1ですね。相対的に新しめです。
算額上の図と文章から、どうやら算額には3つの問題が載せてあるようですが、ここでは最初の問題のみ引用します、長くなるので。(いつか残りの2題もチェックする予定です)
実際にどんな数学の問題なのか、ちょっと気になる
上にも書いたように、全文が漢文で書いてあるようで、数学以前にそもそもそれを読解できるのかという、早くも暗雲が。上の画像だと字そのものが読みづらい問題もあります。
と思っていたら、上記和算のサイトにこれをPDF化した文献を発見しました。素晴らしい。引用させていただきます。これです:

これは… とりあえず少しでも見やすいように、問題文と図を抜き出してみます。
問題文:
今有如圖輪與菱平之合角相交處設黒點而輪旋菱(輪周一處親菱 自始至終不變之)黒點旋輪周(毎菱之合角輪振回 間者黒點息旋亦從 輪之運行黒 點旋其周)共右旋逐全一周而同時復元處於是黒點運行之軌跡自有成象也菱長(若干)菱平(若干)輪徑(若干)問得成象周及積術如何
(注: ところどころ行が部分的な二行になっていて、注釈ぽくもあるのですがよくわからず。とりあえず丸括弧で囲んでみました)
これは… まずは旧字体の漢字だらけで面食らいます。ただ、最初に見たときは本気で意味不明でしたが、下の図と合わせて考えると、円(圖輪)が菱形に沿って右回りに転がって一周する、その時円周上にある点(黒點)が描く軌跡がどうたら、というようなことが書いてある気が… します。
問題の図:

おっとこの独特のラインは… いつか何かの数学系の本で見たような図です。どうやらいわゆる「サイクロイド」(円を平面上で転がした時に円周上の一点が描く軌跡)の応用問題なのか、ということが推測されます。一応理解可能な範囲の数学ではありそうな予感??
そして解答(「答曰」の部分):
(準備中)
うーん、これで解答と言われても何のこっちゃですね。ただ断片的に読み取れる情報として
- 加、減、乗、除の字から何か計算式っぽいものを説明しているようではある。
- 「擬弦」という言葉が見受けられ、どうやらこれは今でいう逆弦、アークサインのことですか。ということは昔も三角関数はあった/使ったと。(ま、伊能忠敬が日本全国を測量して地図を作ったりしていたわけで、三角関数の知識は存在したでしょうね)
- 月、火、水、木、金とか… どうもこれらは変数名? 今ならa, b, c, d, eみたいな感じの?
しかしこのように漢字だらけで、数学の回答だとはにわかには信じ難いですが… そもそも昔の人は数式とかどうやって計算したんでしょう。まさかこういう感じで漢字をだらだら書いたんでしょうか。もしそうなら恐るべしです。
では、今の数学を使って実際に解いてみよう
問題を見た以上、理解できるか、解けるかどうかも試してみたいものです。それではいざ!
っておい、まずは漢文の数学問題を解読するところからだろ!
なのですが、上記の和算のサイトには問題とその解答が、現代風に解説してありました。重ね重ね素晴らしいです。というわけでここでは問題とその解法を、和算のサイトの解説を参照しつつ、私流の解釈も含めて(和算のサイトの解説では、少なくとも私には初見ではよくわからなかったので)紹介したいと思います。
問題の今の数学的な説明
問題が漢文のままはきついので、まず今の数学的な問題の言い方に変えます。こんな感じでしょうか:
「円が菱形に接して右回りに転がっていく。円の周上には点があり、スタート時点では菱形の上側の角と円が接する位置にある。円は菱形の周りを一周して、スタート地点に戻ったところで停止する。
なお、菱形の角のところでは、円と菱形の角の接点が固定された状態で円が菱形の次の辺の方向に進行方向を変え、その後は再び菱形の辺に接した状態で回転しながら移動していく(実はここ大事)。
この際、円周上の点が描く図形の長さと、その図形と菱形の辺で囲まれる面積を求めよ。」
今の数学的な解法、の解説
すでに書きましたが、転がる円周上の点の軌跡ということで、サイクロイドの知識が役に立ちそうです。(逆に、江戸時代にもサイクロイド等の図形に注目した数学があったということでしょうか)
いきなりこの問題の重要ポイント:ただのサイクロイドとどう違うか
ではまず、単純なサイクロイドの問題に帰着できるか検討してみます。
この問題で円は菱形に接してその周りを回ります。菱形の一辺の長さを\(l\)とすると菱形の周長は\(4l\)です。では、菱形の一部を切って辺を全部まっすぐに伸ばす感じで、単に全長\(4l\)の線分上を円が移動すると考えては駄目でしょうか?

答えは… 駄目です
でも悪くはない着目点で、逆にどこが具体的に駄目なのかを考えることが正解につながります。
ただの直線を進むのとの差は、円が菱形の一つの角の直前に到達した時、次の辺に移るためにぐるっと角を回り込まねばならず、まっすぐな直線の上を転がるのに比べて、この「角でぐるっと回る」分、余計に距離を移動することです。
ぐるっと回り込む部分以外は直線上と同じになります(角を回り込むときに円の自転は止まっているので、いわば円の回転の位相がずれずに、角の前後で、菱形の辺の上での転がり運動はうまく接続されます)。

したがって、最終的な答え(点の移動距離)は
「菱形の辺の上での移動距離」+「角をぐるっと回る部分の移動距離」
となります。これで方針がたちました。良いことです。
具体的な計算
計算で使う変数と辺や角の説明のために以下の図にしたがって説明と計算を続けます。(作図が悪いですねー。でもとりあえずこれでお願いします)

菱形の辺の上での移動距離
元の問題によると、円が菱形の周りを一周するときに円自体もちょうど一回転(円の自転が一回転というか)するという条件があるようです2 サイクロイドの公式により、サイクロイドの円が一回転する間に円上の点が移動する距離は半径の8倍です(既に引用したWikipediaのページ等を参照)。和算のサイトの記述に揃えるため、円の「直径」を\(D\)とします。すると半径の値は\(D/2\)なので、その値は
$$8r = 8 \times D/2 = 4D$$
角をぐるっと回る部分の移動距離
角をぐるっと回るのは、菱形の角F、G、Hで起こります。まずはFの部分で説明します。
円が角でぐるっと回るとき、円上の点は、PからQへFを中心とした扇型の弧を描きます。この長さを計算します。
菱形の角Fでの扇型の軌跡について、
- 扇の半径: 円(上側)の図で、上の「円の自転もトータルで1回転である」という条件から、円が菱形の角Fに着いたとき、円は90度分自転していることになり、よって∠PFOは45度。すると三角形FOPは45度を二つ持つ二等辺三角形で、円の半径は\(D/2\)であることから
$$ \rm{PF} = \sqrt{(D/2)^2 + (D/2)^2} = {\sqrt{2} \over 2}D $$ - 扇の中心角:FOと水平がなす角はαに等しい。したがって扇型の中心角は2α。ここで
$$ \alpha = \sin^{-1}{b \over \sqrt{a^2 + b^2}}$$ - 扇の弧の長さ:以上2つの値より弧の長さは、半径×中心角(ラジアン)で、
$$ \rm{PF} \times 2 \times \alpha = {\sqrt{2}}D \times \sin^{-1}{b \over \sqrt{a^2 + b^2}}$$
菱形の角Gでの扇型の軌跡について、
同様の計算が成り立ち(ただし角度がαからβになる)その弧のの長さは
$$ \rm{PF} \times 2 \times \beta = {\sqrt{2}}D \times \sin^{-1}{a \over \sqrt{a^2 + b^2}}$$
菱形の角Hでの軌跡について、
角Fでの向き変えと全く同じ動きが角Hでも発生して、同じだけの軌跡を描く。
菱形の角Eでの軌跡について、
円が角Eにいるときは円上の点がちょうど菱形の角の位置にあるので、円がぐるんと動いても扇型が発生しない。したがって軌跡の長さへの貢献はゼロ。
というわけでこれらを全てまとめたのがトータルの軌跡の長さにな理ます。
$$\rm{サイクロイドの軌跡} + 2 \times \rm{角Fでの扇型の軌跡} + \rm{角Gでの扇型の軌跡}$$
すなわち
$$4D + \sqrt{2} D \left(2 \sin^{-1}{b \over \sqrt{a^2 + b^2}} + \sin^{-1}{a \over \sqrt{a^2 + b^2}} \right)$$
とりあえず
解答らしきものに辿り着きましたが、和算のサイトにある答えと少し違うような。どこかで計算間違いしたかもしれません。チェックしておきます。
しかしとりあえず、自分が今まで全く触れる機会のなかった算額、それも牟礼神社に奉納されている算額、その問題の一つだけでも大体どんな感じなのかを知ることができて個人的には嬉しいです。
今回は一つ目の問題のそのまた最初の問題だけですが、それ以外の問題も見てみたいと思います。あとこの記事自体ももう少し整理したいと思います。
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