以前の記事で
以前の記事で、牟礼駅(長野県上水内郡)あたりの鉄道の経路には特徴があることを書きました。例えば小玉坂のあたりでは国道(国道18号)とは違ってあえて鳥居川の渓谷に入っていく、そもそも豊野駅の方から、鳥居川沿いを延々と走って牟礼駅に入ってくる、といったことです。
なぜこのようなことになっているかというと、基本的には豊野駅と牟礼駅の間には鉄道にとっては結構な標高差があること、そして鉄道は坂に弱い(これも以前の記事で少し述べました)からです。急な勾配を避けるため、鳥居川に沿ったルートを選んだのだと思います。
今回、そこら辺を数字で(線路の勾配の数字等で)少し掘り下げてみます。
牟礼駅と前後の駅の間の平均勾配
まずは基本情報として、牟礼駅と前後の駅(すなわち豊野駅、古間駅)の区間がどのぐらいの勾配なのかを調べてみます。現しなの鉄道のそれらの駅に関して、調べると以下のような情報がありました。
- 豊野駅
- 標高:334.6 m
- 高崎からの営業キロ:126.6 km
- 牟礼駅
- 標高:487.1 m
- 高崎からの営業キロ:134.4 km
- 古間駅
- 標高:633.2 m
- 高崎からの営業キロ:140.9 km
これらの数字から駅の間の平均的な勾配を計算できますね。勾配とはすなわち、ある距離を進んだときにどれだけ標高が変化するかの割合です。
あ、ちなみにご存知の通り、これらの駅はもう信越本線の一部ではないので高崎を発った列車が到着・通過することはなく(悲)、「高崎からの営業キロ」という言い方は正しくありませんが、かつてそうだったということでお願いします。
では計算してみましょう。鉄道で勾配を表す「パーミル(単位記号:‰)」とは、鉄道の勾配を、水平方向に進んだ長さと垂直方向に上った高さの比を千分率で表したものです。上のデータから勾配を計算1 してみます。
豊野駅と牟礼駅の間では
$$\frac{487.1 \,-\, 334.6}{134.4 \times 1000 \,-\, 126.6 \times 1000} \times 1000 \fallingdotseq 19.6$$
というわけで豊野駅と牟礼駅の間の平均勾配は約19.6パーミルの数字を得ます。
この勾配は鉄道としてどうなのか?
はい、19.6という数字だけではよくわからないですよね。なので鉄道で「難所」と言われるところと比較してみましょうか… まあ山だらけの長野県、その手のものは枚挙にいとまがないわけで、たとえば長野県千曲市の姨捨駅、ここは線路が急なためにスイッチバックがあるということで知られています。では線路の勾配はいかほどか。ウィキペディアの記事によると
(姨捨駅は)相対式ホーム2面2線を有するスイッチバック方式の地上駅である。駅付近の本線は、稲荷山付近から冠着トンネルまで最大25‰の上り勾配である。
はい、というわけでパーミルでいうと25という数字はかなりヤバイ、ことがわかります。だとすると19.6はそれに近く、結構ヤバイですね。
ここで、19.6という数字はあくまで豊野駅と牟礼駅の間の「平均」を計算しただけですから、実際の線路ではもっと勾配がある部分があっても不思議ではありません。というかおそらくあるでしょう。豊野駅と牟礼駅の間を思い出すと、線路は、豊野駅を出たあとしばらくは割と平らな感じですよね。その後、線路の方向が北向きに変わって鳥居川に沿う感じになるあたりから、勾配が付いてきます。ということは、勾配が付いている部分は平均値の19.6を上回っているはずです。
勾配をもう少し細かくみてみる
というわけで豊野ー牟礼間の線路の勾配を少し詳しく見てみます。と思ったはいいものの、どうしたものか… 今回はYouTube動画2をチェックしました。電車の前面からの眺めを記録したものを見ていると、「勾配標」といって線路脇に線路の勾配の標識があり、それで確認できます。
それではまず、豊野駅の風景:

豊野駅からしばらくは飯山線と並行しています。電化されていない飯山線には架線(電線)がないですね。このあたりは平らです。

しなの鉄道が北へ向きを変えるカーブを描きながら飯山線から別れていきます。

そして直線になります。そのあたりの車窓がこちら:

丸で囲った部分に「25」という勾配標が見えます。すなわち、もうここら辺から勾配は25パーミルであり、実はそれがほぼ牟礼駅まで続くのでした。
早くも、難所である姨捨駅のあたりと肩を並べる勾配であることが判明してしまいました。
地図でいうと以下のあたりです。

この後、路線は鳥居川に沿う形で右へ左へと蛇行する感じですが、ごく一部の区間を除き、その間も25パーミルは続きます(新たな勾配標が出てこない=勾配が継続している)。

そして牟礼駅直前:

ここでやっと勾配が3.3と、ほぼ平らになりました。よかった(?)です。

そして駅構内でL、すなわち水平になりました(Lはlevel(「水平」の意味)の略)。これで安心。
と思いきや、牟礼駅出発直後、まだ駅も出てないのに早くも3.3パーミルのお知らせが:

そしてこの後:

もう25パーミルのお知らせ、再び急勾配の開始です。右側に見えるスーパーの看板で、どのあたりかわかりますよね。結局平らだったのは牟礼駅の中だけ、ほんのひとときの安らぎでした。
ちなみに正面に見える、残雪の残る飯綱山が美しいですね。飯綱町といえばやはりこの景色でしょう。
この先、飯綱病院のあたりからよく見える築堤(線路の土台を台形に盛った構造)のところを通過しますが、あそこなども、鉄道にとっては厳しい25パーミルの坂、というわけです。

結論:もしかして「鉄道の難所として姥捨駅を取り上げるなら、牟礼駅もお忘れなく」って感じですか?
ちなみにあの有名どころの勾配はいかほど?
鉄道の急勾配、と言われたときに、長野県民ならば「碓氷峠」のことを思い出さずにはいられないでしょう(明らかにすごく急な路線でしょうから、最初から取り上げることは躊躇しました)。
吾妻(あずま)はやとし日本武(やまとたけ)
嘆(なげ)き給(たま)いし碓氷山(うすいやま)
穿(うが)つ隧道(トンネル)二十六
夢にもこゆる汽車の道
では勾配の数字を探してみると… ありました、最大66.7パーミルだそうです。豊野ー牟礼の約3倍で、鉄道としては極端な急勾配ですね。
ちなみにこの「26のトンネル」は最初にできたアプト式鉄道の路線にありました。アプト式とは線路と機関車が歯車のように噛み合って坂を上り下りする、急坂に特化した鉄道の方式です。この時点で最大の勾配が66.7パーミルだったようです。線路は単線で、途中に上りの電車と下りの列車がすれ違うための待避駅(熊ノ平駅)がありました。
太平洋戦争後、アプト式路線は廃止され、この路線を半分ぐらい再利用する形で3普通の線路による上りと下りの複線となりました。この路線には上り線に11のトンネル、下り線に18のトンネルがありました。トンネル数はまだだいぶ多いですね。列車の方は普通の列車の先頭に機関車2両を連結する方式になり、勾配はアプト式の頃と同じく最大66.7パーミルでした。アプト式という特殊な列車でしか走れなかった急勾配が、技術の進歩で普通の列車+専用機関車の連結で走れるようになったわけです。
この時代の区間は、飯綱町でもある程度より年齢の上の方だと実際に乗られたことがあるのではないでしょうか。「特急あさま」は上りなら軽井沢駅、下りなら横川駅に着くとしばらく停止して、2両の機関車を連結した後に再発進します。列車の台車がずれるということで空気ばねの空気が抜かれ、普段より線路からの振動が多く伝わる状態で、トンネルが連続する区間をゆっくりした速度で走っていきます。横川駅では列車が停まると釜めしの売り子さんが列車に寄ってきます。その後列車が発車するときには彼らは横一列に並んでお辞儀をする… そんな光景が車窓から見られました。
あ、別に碓氷峠のことを詳しく書くつもりではなかったのですが、例によって余談が多めのブログであります。
車の道路の勾配との比較
ここまでパーミルの数字が頻出しましたが、鉄道用の勾配の単位なのであまりピンとこなかったかもしれません。では車の道路の勾配と比較してみます。
以前の記事で取り上げた七曲バス停のあたり(国道18号で、小玉を越えた後の登坂車線、レストランのあるあたり)はどうでしょう。Googleマップで徒歩モードだと距離と高低差を知ることができます:

距離180m、高低差11mだそうです。鉄道のパーミルは千分率でしたが、道路の勾配はパーセント、すなわち百分率で表し、この場合は 11 / 180 × 100 = 6.1%の勾配となります。あそこらへん、ちょっと坂はきつい感じですね。
ただ、自動車が上れるかどうかで言うとまだまだ全然余裕で、たとえば坂で有名な街、アメリカのサンフランシスコには傾斜が30%を超える坂がちらほらありますが、一応車で行き来できています(とは言っても、例えばマニュアル車で坂道発進とか恐怖でしょうねえ)。
6.1パーセントはパーミルでいうと61パーミルです(百分率vs千分率)。実は上で書いた碓氷峠の66.7パーミルに近いですね。すなわち、自動車だと特に問題ない坂も、鉄道にとっては異例中の異例の勾配、というわけです。
同様に牟礼駅前後の線路の勾配は2.5パーセントということになり、車の道路だったら大したことはありませんが、鉄道にとっては、例えば天候等条件が悪いと車輪がスリップして空転したりとか、困難がありうる勾配になります。
(参考)スキー場で使われる斜度
ちなみにスキー場で使われる斜度は「度」、分度器などで測る角度です。これは今回出てきたパーミル、パーセントともまた違います4ので、混乱なきようお願いします。
ざっくり、スキーのコースは道路の傾斜などとは比較にならない急斜度です。いわんや線路の勾配をや。
例えば6.1%は角度で言うと(たった)3.49度です。スキー場なら初心者コースでしょう。逆にスキー場で20度のコースとするとそれは道路の勾配で36.4%に相当しますが、今「ギネス記録で世界で一番急な道路5」を調べたら35%と出ましたので、それより急ということになります。スキー場にはさらに20度を超えるコースなどいくらでもありますので…
もし機会があれば、30%を超える道路を車や自転車で上ってみるといいですのが、もう「壁」という感じで、車や自転車がひっくり返るのではないかと思われるほどの恐ろしさです。それを考えると、スキー場の圧雪車、いわゆる「ピステン」はすごいですね。スキー場の斜面をどんどん上っていくわけですから。もちろんキャタピラーのお陰ではありますが。
隙あらば余談(笑)
まとめ
牟礼駅を数限りなく利用してきましたが、線路の勾配がこんな感じだとは、調べてみるまで思いもしませんでした。このような難しい場所に駅が作られて、維持されてきたことを感謝せずにはいられません。
脚注
- 「営業キロ」というのは線路上の長さ? とすると直角三角形で勾配を考えるときに「営業キロ」だと底辺でなく斜辺を表している気もしますが… 仮にそうだったとしても、今回は角度が小さいので、斜辺の長さと底辺の長さはほぼ等しい、という近似のもとで計算することとします。 ↩︎
- https://www.youtube.com/watch?v=TItYVmLbQHo 作者の方、どうもありがとうございます。 ↩︎
- この路線のうち、半分より軽井沢側はアプト式の頃の路線を利用するルート、半分より横川側は新しいルートになっています。その結果、横川側には元のアプト式路線のトンネル、橋梁等がそのまま残っていて、煉瓦でできた通称「めがね橋」等はその区間のものです。 ↩︎
- 勾配のパーセントと角度は数学のタンジェントで相互に計算できますが、ここでは深入りしません。 ↩︎
- たぶん、街中で舗装されていて車の通れる道路、といった条件の話で、舗装されていない人だけが上れる山道とかそういうものは含まれていないようです。 ↩︎

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