インバウンドという言葉もなかった頃だったが、野尻湖で外国人と接近遭遇?した話

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「インバウンド」という単語をよく耳にします

少し前から、インバウンドという言葉が使われますよね。要は「外国人観光客」という意味だと理解していますが。確かに、近頃は長野県内の観光地やあるいは長野市あたり(まあ長野市も「善光寺」が一大観光地ですが)でも、外国人の姿をたくさん見かけるようになったと思います。

インバウンドの日本における影響、みたいなものが議論されたりしていますよね。
私が素朴に思うことの一つは、インバウンドの増加で、外国人を見かける頻度が以前より非常に高くなり、仮に彼らと話とかをしないにしても近くで直接出会うということで、日本の人々の彼らへの心理的な障壁みたいなものがだいぶ下がっているのではないか、ということです。

余談ですが

しかしいきなり余談ですが(またか)、なぜインバウンドという言葉を使うのでしょうね。インバウンドの英単語は inbound ですが、これだけだと「内向き(交通等の)」という意味しかないはずで、ちょっと意味不明です。まあ日本で「インバウンド」という場合は海外からの観光客を語る状況でしか使われない感じなので、むしろ意味がはっきりしているとも言えますが。

インバウンドなどという言葉もなかった頃の話を

さて、古い話ですが、今を遡ることン十年、私が子供だった頃は、上で書いたこととは対照的に外国人を直接見たりすることはほとんどなかったです。少なくともこのブログが主にカバーする地域である長野県北部の飯綱町(旧牟礼村・三水村)で外国人に会う、という機会はほぼゼロでした。
もちろんテレビや映画にいくらでも外国人は出てきましたが、直接会ったことはない、しゃべっている言葉がわからない、ということで、自分の意識では、語弊を恐れずに言えば宇宙人のような存在でした(というわけでタイトルで「接近遭遇」という言葉を使いました)。
とはいえまあ、外国人に会わないなら会わないまま過ごすのも、それはそれでいいと思いますが。

例外的に外国人がいる場所がそう遠くないところにあった

そういった状況ではありましたが、飯綱町からそう遠くないところに、昔から例外的に外国人を見かける場所があったのでした。
それは飯綱町の隣町である信濃町にある、野尻湖です。
野尻湖の周囲をまわる道路などで、ときどき外国人の姿を見かけたことがありました。
当初は何も知らず、子供心に素朴に、「なぜこんな山奥の田舎(ははは…)に外国人が?」とむしろ怪訝な感じで思っていたのでした。

それはただの偶然ではなく

実際は、たまたま外国人観光客が野尻湖を訪れていたのではなく、野尻湖の畔には外国人が所有する別荘地の地域があり(今もある)、そこに滞在している人達でした。そして彼らが野尻湖の周りを「たむろ」していたと(後半でそれに関することにもう少し触れます)。

というわけで野尻湖周辺、当時としては例外的に外国人を見かけるチャンスはあったとはいえます。ただ、私も普段頻繁に野尻湖に行ったわけではなく、かつ行ったときに外国人を目撃するチャンスも必ずしも高くなく、見かけても遠目に見るだけだったので、外国人への意識はあまり変わりませんでした。

ある日起こった出来事

ところが… ある日突然の出来事がありました。
子供の頃のある日、私は自分の父親が運転する車の助手席に乗り、野尻湖周辺をドライブしていました、といえば聞こえはいいですが、単に父が何かの用事のために野尻湖方面に行ったのに便乗しただけだったと思います。車は軽トラです。

そして野尻湖の周遊道路を走っていると… 前方に、盛んに道の端で手を振る男の子が見えました。あれ? どうやら日本人の子供ではありません。私はちょっと驚きました。が、次の瞬間さらに驚いたのは、わが父はその子に興味を示し、近くで車を停めたのです。ええ? スルーしてもよかったのでは?
父は別に英語が得意だったりはしませんでしたが、片言でその子とコミュニケーションをとっていました。そしてその後、父はなんとその子を私が乗っている助手席側に乗せました(子供×2(私&その子)がぎりぎり乗った感じで… えっと軽トラなので違反ですよね、時効ということでお願いします)。彼を目撃したのは周遊道路でも割と山の方で、どうやら彼は店などがある辺りまで乗せていって欲しい(ヒッチハイク)ということだったようです(後で父から聞いた話によると)。

初めて間近で接した外国人の子供:私は彼にどう接したらいいかわからず、ずっと押し黙っていました。言葉が通じないであろうことはもちろん、彼と何の話題が共有できるのかまったく想像できませんでした。父は引き続き片言で何か話しかけていましたが。

車が比較的町の方へ差し掛かった時、その子はおそらく「ここでいい」みたいな意思表示をして、降りて行きました。ちょっとほっとしたような… しかしこの子はこの後ちゃんと親に会えたのだろうか。もうはるか昔の出来事、今は会えたのだろうと思うしかないですが。まあ、大胆にもヒッチハイクをするという時点で、だいぶしっかりした子供だったろうとは思います。

というわけで、普段外国人に接するような機会もなかった田舎の子供が、突然の外国人の子供との遭遇に驚き(あと身内の父親のこういう方面への積極性にも驚き)、しばしどうしたらいいか分からない緊張の時間を過ごした、という話でした。

歴史と知名度がある野尻湖の外国人別荘地

個人的な経験談は以上ですが、一応、なぜ野尻湖の周りに外国人が来ているのかというのを調べてみました。私がざっくり理解したことは以下のとおりです。

明治以降、日本に欧米の学者や宣教師などが訪れるようになりました。そして彼らは日本での避暑地を求め、まずは軽井沢がその場所として注目されました。しかしながら軽井沢の人気が上がって賑やかになり過ぎ、別荘地としての物価上昇などもあった結果、軽井沢以外の避暑地を求める人が出てきました。その結果選ばれたのが野尻湖だったようです。さらに軽井沢と比較すると、あちらにはない大きな湖(もちろん野尻湖のことです)がこちらにはあり、それが彼らのイメージする「避暑地」に合っていたのもあるようです。

具体的には野尻湖の西岸の神山と呼ばれる地域で、「神山国際村」というものが大正時代ぐらいからあります。かなりの歴史があるのですね。今でも250棟ぐらいの別荘(いわゆるヴィラですか)があるそうで、思ったより大規模です。現在は野尻湖国際村というのですかね。野尻湖の一般の観光客が一番訪れるあたりからは少し離れていますし、基本的に関係者のためだけの地域になっていて、そこまで知られてはいないかもしれません。

ちなみに「日本三大外国人避暑地」という言葉があるそうで、その三つとは、すでに名前を挙げた「軽井沢」「野尻湖」に宮城県の「高山」(松島の近く)を加えたものだそうです。外国人避暑地というくくりにおいて、このような言葉からも野尻湖の知名度が窺い知れます。

長野県のインバウンド効果?

野尻湖にはもう一つの別荘地として「野尻高原大学村」というものもあります。こちらは野尻湖国際村とは時代も関係者も別の別荘地のようです(名前の通り、日本の大学関係者によって設立されたとのこと)。
さらにこうした別荘地の経緯などとのつながり、ないし影響があるのだと思いますが、東京の私立の高校や大学などの合宿所や研修施設が野尻湖や黒姫の周辺には割と点在しています。そうするとそういう学校の関係者や在籍する学生は、それらの施設を利用しにこの地域に来たのをきっかけにその後も遊びに来たり、あるいは個人の別荘を持ったりする人もいるようで、結果として野尻湖や黒姫が思いのほか知られているようです。東京出身の芸能人の方で野尻湖や黒姫の思い出をTV番組やネットで語っているのを何度か見たことがあります。自分がよく知っているローカルな場所に有名人が来ていたと思うと、なんだか意外な感じがしました。

長野県には他にも菅平とか、合宿で有名と思われる場所がありますよね。そうそう、霊仙寺湖やいいずなリゾートも、合宿等で訪れたことがあるという話を長野県外の人から聞いたことはあります。そうやって学生時代に長野に来ることで将来の「長野のインバウンド」の増加につながるかもしれないですね/つながっているのでしょうか。
(冒頭で述べましたが、「インバウンド」は単に「外から中へ」という意味で、それ自体に海外という意味はありません。長野県に来てくれる人は国内も含めて「インバウンド」でしょう)


おっとっと、このブログの記事はもっと素朴なことがきっかけだったのでした。飯綱町の近くでも、昔から外国人を見かける場所があったこと、そして実際に外国人に出会ってびっくりしたと言うだけです。というわけでこのぐらいにしておきます。それでは。

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